インターネット「ジュニアリーダー系」の歴史

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JL系の幕開け スワの全盛期 石狩の全盛期 コミセンの誕生とM2k そして、今へ


みなさんは、いつから「インターネット」をはじめましたか?

この答えは、ひとりひとり、まるで違うのではないでしょうか。
つい最近はじめた人もいれば、1年前から、あるいはもっと前からはじめた人がいるかもしれません。

しかし、JLコミセンのできる前…つまり、2000年以前から、ジュニアリーダーのホームページをずっと見てきたという人は、ほんの一握りではないでしょうか。

現在、たくさんのクラブがホームページを持ち、チャットや掲示板がにぎわっていますが、
ここに至るまでには、長い道のりがあったのです。
それを、記録としてとどめておくことには、今の自分たちを見つめなおす意味でも、大切なことではないでしょうか。

そこで、JLコミセンが50000ヒットを迎えた節目にあたって、今までのJL系の道のり…つまり、「JL系の歴史」を、見ていきたいと思います。


■幕開け(1996-1997年)

1996年。
「インターネットがしやすい」ことをウリにして発売されたWindows95の大ヒットから、世の中に「インターネット」というものがあることが知られるようになってきたのが、この年です。
ただし、それは「知っている」だけで、まだまだ実際にやったことある人はほんの一握りに過ぎませんでした。

パソコン自体も、インターネットのプロバイダーにかかる金も高いし、何より電話代が高くつきました。
通信速度は28.8kBが普通。
画像は表示されるまでに時間がかかるので、なるべく敬遠し、テキスト(文字)だけのページが好まれたりしていました。

こんな、インターネットがようやくよちよち歩きをはじめたころ、JL系のホームページも産声をあげます。

まず最初に登場したホームページが、長田さんが管理するスワジュニアリーダースクラブです。
1996年の6月ごろ、「誰も作らなかったホームページをつくろうと息巻いて作った(長田さん/談)」そうで、
徐々にジュニアリーダーが集まり、「意見交換所」を通して、交流が始まっていきました。
その当時の、ホームページを作るきっかけについて、長田さんにインタビューしました。

当初、ホームページを作るきっかけというのは、2つあります。
諏訪市で一緒に活動していた仲間達が、進学や就職で離れてしまっていてなかなか連絡がとりづらく、
仲間と情報交換できればいいなという壮大な計画でたちあげたんですが、、、。
製作している本人が諏訪を離れてしまっていたためあえなく挫折しました。

もうひとつ壮大な計画というのは、全国各地のJL活動をしている人に諏訪のJL活動を紹介しようという
情報発信と他の地域のJLの人達と情報を交換するような、今の「子ども会コミュニティセンター」のよ
うなHPを作りたいと意気込んだんですが、、、。

偶然にも、当時のスワのホームページを見つけることができました。
ここが、JL系の出発点です。

当時のHPへ

このころからネットの住人であるみっしぇは、当時の様子を次のように語ってくれました。

インターネットが普及しだしたころだったので、感動したね、あのころは。
だってさぁ、めちゃくちゃ遠い人とほぼリアルで意見交換できるんだよ?
((まぁ、今では当たり前だけど))

諏訪の意見交換所はアツかったね、当時としては、、、
だって、検索エンジンかけても諏訪とかしか出てこなかったし。

やがて、スワに影響されて、いろいろな人がホームページを作りまじめました。
当時のホームページを見ながら、その雰囲気をあじわってみてください。

ホームページ名 管理人 開始年月日  
清水リーダースクラブ みっしぇ 97年10月下旬 当時のホームページ
レッツの隠れ家 モップ 97.10.22 当時のホームページ
ADANG   97.12 当時のホームページ
旭区ジュニアリーダースクラブ非公認HP ゆうじろう 98.1.5 当時のホームページ

現在でもそうですが、レッツの隠れ家は、JAVAをいち早く導入し、他のホームページとは一線を隔するようなクオリティのホームページを作っていました。

さて、このあと、JL系はスワJLCの「情報交換所」を中心として、大きな盛り上がりを見せていきます。
次回は、そんな98年ごろの様子に、迫っていきます。

→1998年へすすむ

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