ジュニアリーダー活動の目的と意義

Q
よっちゃん
なんか、最近思うんだけど、ジュニアの目的を勘違いしている人が多い気がする。
子供と遊ぶ為にジュニアに参加したり、キャンプをやる為にジュニアに参加したり。
ジュニアの本来の目的って、もっと違う所にあるはず。
色々な活動を通して、学校や日常生活では得られない物を体験し、学ぶ。
それは、掛け替えのない仲間を作る事であったり、仲間と議論をしたりする事だと思う。
イベントをやったり子供と遊ぶという活動をする事が目的では無いと思う。
普段の活動は学ぶ為の手段であって、その活動の為にジュニアが存在するのでは無いと思う。
ところが、活動その物が目的になってしまっているから、結果ばかりを気にする。
結果よりも、その結果が出るまでのプロセスや、
振り返って次に繋げる為の試行錯誤をする事の方が重要なのでは?
極論を言ってしまえば、結果なんて成功でも失敗でもいいのよ。
その過程で有意義な議論や情報収集などが出来れば、それでいいんじゃない?
結果なんて、後からついてくる副産物みたいな物なんだから。
それを忘れて、ジュニア達の意思とか自主性を無視して、無理やり従わせようとする。
これじゃあ、学校とやってる事が変わらないんじゃない?
スケジュールが遅れようがイベントで失敗しようが、それから多くの物を学べればそれでいいんじゃない?
結果や周りの評価ばかりを気にして、活動の目的が摩り替わってしまっては良くないのでは?

(上の書き込みに対する返信)


はっちー
<ジュニアの目的
それは、人によって違っていいんじゃないかな〜。
子ども会のジュニアリーダーの場合、「子ども会の小学生のお兄さんお姉さん」っていうのがもともとのジュニアの役割だもん。
子どもが好きでジュニアになっても、濃い人間関係を求めてジュニアになっても、それはいいんじゃないかなって思うんだけど。

アルス
ジュニアの目的。
人によってほんとに違いますよね。
私は、子供たちの遊び相手って感覚でやってました。
本当に、お姉さんでもなく、友達という感じで。
でも、大人と子供のかけはしにならなければいけなく、子供になってはいけない。とよく言われます。
やはり、リーダーであって、友達ではない。子供に同じレベルでみられてもいけない。と。
でも、私はそんな堅苦しくやるのは難しくて出来ないんですけど。
私の欠点といえば、子供と同化してしまうところでしょうか。
でも、それは同時に長所であるとも思っています。
実際、子供会のイベントに参加して、楽しませるために定例会を開いて、レクの練習だのいろいろやっているわけで、
その中で人間関係のなんたるかを学ぶのも当然必要なのでしょうが。
私は、子供と遊ぶのが好きで続けてきました。それが目的でもあったかも。

ダーク
サイド
ミッシェ
子ども会リーダーなのですから、子どもと遊ぶことが目的なんではないでしょうか?
あと、“ジュニアを育てるよっちゃん”が
「結果なんて気にするな!途中のプロセスが重要なんだ。」
なんて発言はするべきじゃないと思うぞ。

よっちゃん

日本語って難しいですね。
僕の言いたい事とちょっと違った受け止め方をしたみたいですね。
僕が言いたいのは「結果を気にするな」じゃなくて、「失敗を恐れるな」って事です。
失敗を恐れてばかりいると、結果が見えてる安全で無難な道しか選択しなくなるんじゃないのかな?
チャレンジするという事を忘れたら、そこで成長が止まってしまうんじゃないかな?
何にでも挑戦するチャレンジ精神や、常に上を目指す向上心を持っていて欲しいのよ。
自分のやりたい事に思いっきりチャレンジできる環境を作ってあげたい。
決められた事を学ぶだけじゃなく、ジュニアという活動を自分自身の新たな可能性を見つける場にしてあげたい。
そういう思いがあったから、育成するがわにまわったのよ。
教えるだけが育てる事じゃないでしょ?
新たな可能性を見つける手助けをしたり、長所を引き出してあげたり。
それも育てる側の重要な役割だと思うな。
だから、俺はいつまでもジュニア達に「失敗を恐れずにチャレンジしろ」と言い続けるよ。

それから、子供会自体がそこでの活動から何かを学ぶ為にできた物なんじゃないかな?
ジュニアに参加している子供たちは、中高生も含めて遊ぶ事が目的でも良いと思う。
だって、それが好きでみんな集まってるんだから。
でも、育てる側の大人たちはそういう意識ではまずいんじゃないかな?
ただ子供を遊ばせる為に大人がいるのかな?
子供の安全を確保する為だけに大人がいるのかな?
それじゃあ、わざわざ「育てる立場」として大人がいる必要なんて無いんじゃないのかな?
子供たちに色々な活動を通して、沢山の物を学ばせてあげるのが大人の役目なんじゃないのかな?
学ぼうとか言う意識を持たなくても、無意識のうちに自然と色々な事を学べている。
そんな遊び方をさせてあげるのが大人たちの役目なんじゃないかな?


りょうり

ジュニアってあくまで子どもの中のリーダーでしょ?子ども会の会員なんじゃないの?地域ごとの事情はよくわかんないけど、少なくとも僕のとこでは、そうです。そのかわりジュニアと呼ばれるのは中学生までだけど。

子ども会のできた経緯は結局大人の都合で、自立することを学ばせる為にできたと思うけど。だから大人が求める目的と、実際に運営している子ども(ジュニアも当然含む)の目的は違うと思うよ。

大人としては子ども会の活動目的も子ども達に考えさせたいわけで、その思考のプロセスや、実際の運営におけるもろもろの役割や、組織みたいなものも異年齢であるがゆえにその役割を担って学んでほしいわけだけど、子どもの目的は違うよね。活動の目的を考えることが目的ってのは変でしょ。自治を学ぶことを子どもが目的としてたら、かなりやだなぁ。

要は生徒会の執行部といっしょ。生徒は生徒なの、ただリーダーってだけで。学校は生徒会を通じて、自治や民主主義の話し合いってのを学んでほしいけど、やってる生徒は、学校楽しくしたいとか、学祭盛り上げたいとか個人によって違うし、具体的でしょ、JLもいっしょだと思うなぁ。

ちなみに、僕のところは高校生以上は子ども会ボランティアってことでJLCとは完全に別団体です。プロセスと同じ位結果を求められます。プロセスから学ぶのはジュニアの内だけ。ジュニアの活動にはそういう要素もあるし、でも僕らは育成というサービスを無料で提供しているボラ団体だから、かなり結果も大事です。本来の団体の目的は子ども会の活動援助なんで、育成はおまけみたいなもののはずなんだけど…実際は同じくらいウエイトしめてるかなぁ。

JLは後輩候補であって、サークルに入会するまでは後輩ではないからね。


よっちゃん

活動する事が目的でも良いと思う。
ただ、人間が生きていく上で無意味な事なんて無いと思うんだよね。
馬鹿馬鹿しい事だったりなんでこんな事するのだろうって思う事でも、何かしらの意味は持ってるんだよね。
それを常に考えるようにして欲しいんだ。
ただ何も考えずに、楽しいからとかの感情だけで動いていては、それは経験でもなんでも無いよね。
今している事の意味を考えながら行動する事で、やった事全てが経験として自分の中に蓄えられていくんじゃないのかな?
何の為にやっているのかでは無く、何の意味があるのか。
活動の目的じゃなくて、活動する事の意味を考える。
それをする必要があるんじゃないかって事です。

イベントや活動を成功させる事は大きな目標だと思う。
でも、それが目的になってはいけないんじゃないかな?
失敗するよりも成功した方が楽しいから成功させたいんでしょ?
楽しいし好きだからやってるんだよね。決して成功させる為にやってるわけじゃないでしょう。
むしろ、楽しむ為にやってるっていう思いの方が強いんじゃないかな?
成功させなきゃじゃなくて、成功させたいって思うべきなんじゃないのかな?


シゲ
「リーダースクラブ」の持つ意図に沿ってアラインされた人達が集まっているならば、
その意図に向かう為の具体である目的が、メンバーそれぞれで違う事は
別に問題ではないと思います。
それから、「失敗を恐れるな」と言うのはある意味「結果を気にしてる」事だとは思うのですが・・・、

最初の文でよっちゃんが言いたかったのは、
スタートの段階で「失敗でも良い」のではなく、「成功に向かって」進んだ結果、
その時に出来得る「最大限の努力」と言うプロセスがあれば(失敗に対応する為の準備も含め)、
あくまでも結果としての「失敗」は
あっても良い、と言う事ですよネ?
>俺はいつまでもジュニア達に「失敗を恐れずにチャレンジしろ」と言い続けるよ。
これは、既に「失敗が嫌・恐い」を理由に歩みを止めている、若しくは、止めよーとしているジュニア
に対して、って事だよネ?>よっちゃん

シゲ
本来は、まず「意図」という抽象があります。
これは目指す先に見ているモノで、
常に目指し続ける事が出来るモノ(裏を返すと、
常に満たされないモノなのかもしれないが)。
で、その意図に向かって行く為の具体として「目的」が存在します。
これはその都度満たす事の出来るモノです。
更には、その具体に明確な基準が入るモノを「目標」と言う訳です。

>イベントや活動を成功させる事は大きな目標だと思う。
この場合は、イベントやその活動における「主旨」、と一般的に言われているモノが「意図」です。
その「意図」を具体に現す為の「目的」が「イベントを開く・活動を行う」です。
その結果「成功させる」とか「何人参加者を集める」とかが目標になる訳です。

あえて、明確に使いわけるとするならば、(1)の前半は「意図」についての意見だと思います。

よっちゃん
>シゲさん
もちろんその通りですよ。
成功させる事が最大の目標であり、その為の努力をする事が一番大切な事だと考えます。
成功を目指して最大限に頑張った結果の失敗であれば、それは決して無意味な事では無い。
それを振り返って次に繋げる事で、貴重な経験となると言う事です。
手抜きをしたりいい加減な態度で望んでの失敗は、許される物では無いと思っています。
前回の僕の発言は、「持てる力を全て注ぎ、真剣に活動に取り組んでいる」という前提での発言です。

それから、チャレンジという事に関しても、ご指摘の通りの考えです。
僕自身の考えとして、別の議題でも述べた通り、ジュニアに対しては極力口を出さないという考えがあります。
そういう前提がありますので、僕が「こう言いたい」などと述べた事は、「それを言う必要があると思われる子に対して」という事になります。