子ども会・JLを語るの最近のブログ記事

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 2010年版「世界保健統計」で発表された日本人の平均寿命は83歳。それと同じ齢を重ねてきたのが夏休みの風物詩「ラジオ体操」の放送である。

 ラジオ体操が初めて東京中央放送局(=現在のNHK)放送されたのは1928年のことである。考案したのは、当時の逓信省簡易保険局(=現在のかんぽ生命)。1920年代初頭、米国のメトロポリタン生命保険会社が「健康体操」なるものを開発し、ニューヨークやワシントンなどでラジオ中継していたのを参考にしたものだという。「ラジオ体操会」を夏休みにする習慣のきっかけになったのは、1930年、東京・神田の万世橋署児童係巡査が「長期休暇中の子どもたちに規則正しい生活を身につけさせたい」と始めたところから。夏休みのラジオ体操発祥の地は東京・神田なのだ。

 戦時中は「国民心身鍛錬運動」の様相を呈し、戦後に米国軍から「民主的でない」と禁止令が出て、放送は一旦中止された。しかし1951年、内容を一新した「新ラジオ体操」が再スタートを切ることになる。これが私たちの知っている現在のラジオ体操である。1953年7月には「夏期巡回ラジオ体操会」が開始され、夏休み期間に全国40数カ所で実施。こうやって夏休みのラジオ体操は、日本人の子どもの夏休みの定番となっていった(大空出版の初見健一著『まだある。こども歳時記 夏休み編』より)

 2010年の夏で82歳となるラジオ体操。放送が始まったころに生まれた人たちの、孫やひ孫の世代が主役となった夏休みのラジオ体操には、確実に陰りが見え始めている。今時の子どもたちにとっては、ラジオ体操は夏の定番行事ではないようなのである。

 現在、どのくらいの子どもたちが夏休みのラジオ体操に参加しているのか。西日本リビング社のアンケート調査がネットの中で公表されていたので紹介させていただく(西日本リビング新聞社「おんなごころ研究所日々」より)。

 福岡都市圏・北九州市の小学生のお母さんを対象に「子どもをラジオ体操に行かせていますか?」とアンケートをとった結果、「YES」と答えたのは福岡都市圏で58.2%、北九州市ではわずか19.2%。福岡市に住まう小学生を持つオヤジの体感的には、もっと低い気がする。行かせていない理由は、「近くでやっていないから」「子ども会(育成会)に入っていないから」など。

 夏休みのラジオ体操は、学校が推進するものではなく、保護者や地域の有志によって運営されている「子ども会」が主催するものらしい。少子化に加え、共働きが多い世帯にとっては、子ども会に参加すること自体が負担。また、自主運営のため、防犯体制も緩い。何か問題があった時に、ややこしいことになる。そんな面倒なことなら、子ども会もラジオ体操ももういらない。結局、地域の子ども会の風化が、夏休みのラジオ体操を壊滅状態に追い込んでいる実態が見えてくる。

 この状態を「親たちの無責任のせい」だとは責められない。子どものことは妻に任せっきりで、私の住んでいる地区の子供会がどこでラジオ体操を開催しているかも知らないオヤジが偉そうな批判はできない。

 ただ、夏休みに早起きをする楽しさを身体で覚えることは、子どもたちにとってとても大切なことだと考えている。「健康増進」やら「規則正しさ」やら、大人の理屈はどうでもいい。夏休みのラジオ体操が必要だと思う理由は、学校に行っている期間には体感できない「時間」を体験できたことだ。

 早起きして二度寝する楽しみ。ラジオ体操と朝食の間の時間を有効活用した遊びの喜び。母親が起きる時間を体感することによる感謝の気持ち。そんな貴重な「時間」の体験を子どもたちにうながすためには、「夏休みのラジオ体操」という強制が一番適切であった気がする。だから、ぜひとも「夏休みのラジオ体操」は、復権してもらいたいと願っている。

(中略)

 日本各地で同時間に同じことをなぞっているラジオ体操ではなく、日本各地で朝の同時刻に、各々の地域が競うように、オリジナルのラジオ体操をやっている。その風景は、きっとネットを通して全国に発信される。それで競い合うサイトもできたりする。その盛り上がった状況には、きっとスポンサーも付くであろう。地域のクリエイティブが資本に変わっていく。

 昨今の子供会のラジオ体操参加率向上策のほとんどは、「皆勤賞で●●がもらえる」である。子どもたちに経済合理の選択をさせて、「夏休みのラジオ体操」を維持しようとしている。それって、どこぞの国の政党の施策と同じ構造ではないか。

 「ラジオ体操」の参加率をクリエイティブで解決する。そんな地域自治が生まれてきたら、日本も必ず地域から変わっていくのではないだろうか。

ビジネス情報誌の視点から、ラジオ体操が語られていました。
皆さんの地域では、ラジオ体操は続いているでしょうか。

残念ながら、筆者の地域では、やっても1週間で、ほとんどの地域でやらなくなったというのが実情です。
そもそも、学校でもラジオ体操をしなくなっているそうで、ラジオ体操自体ができない子が増えている...なんて話もよく聞きます。

この記事は、「ラジオ体操」という切り口で、子ども会に具体的な提案があります。
ビジネスの視点から、面白い考えなのではないでしょうか。

(はっちー)

子ども会の全国組織である「社団法人全国子ども会連合会(全子連)」では会長の改選が行われ、新会長に丸山康昭氏が就任しました。

激動が続いたここ数年の全子連。
その道筋を、新しい会長に託す選択をしたもようです。

丸山会長は、熊本県子ども会連合会の会長で、九州地区の会長も務めています。
全子連ホームページには、
「子ども達の元気で明るい笑い声が、いつでもどんな地域からも聞こえてくる活気溢れる日本に」
と題し、さっそく就任のあいさつが掲載されました。

全子連ホームページの記事はこちら

 今は昔の話ではありません。都市でも農漁村でも放課後や休日になれば夕方、日の暮れるまで日本中どこからでも聞こえてきた、あの子ども達の遊び戯れる声は何時ごろから、何処に消えてしまったのでしょう。学校帰りの子ども達の楽しそうな、のんびりとした道草もあまり見かけなくなりました。
 この原因は少子化による遊び中の減少にあるとか、お稽古事や学習塾に通うために時間がないとか、子ども達が自由に過ごせる居場所としての遊び場の減少にあるとか言われていますが、私達全国の子ども会関係者はこれらの様々な事態を直視しながらも、手をこまねいて傍観している訳には行きません。

(中略)

 今こそ、全国の子ども会関係者は、「地域の子どもは地域で育てる」という子ども会本来のあり方とする、その原点に立ち返って、子ども会活動を改めて全国に発信することが求められている事を認識する必要があると思います。

 不肖、私 丸山康昭(熊本) は各県連の皆さまの推挙を頂き、本年度より会長職となり微力ながら全国の子ども会活動の推進役として携わる事になりました。
 つきましては、日本全国に、子ども会活動を展開する事により「子ども達の元気な明るい笑い声が満ち溢れる日本」を目指し、お互いに目的を一つにして努力して参りたいと願っています。

意欲的なことばが並んでいます。

子ども会の会員減少はもちろんのこと、先日成立した子ども会安全会法や公益社団法人化へ向けた取組みなど、難しい舵取りが求められる全子連。
「お互いに目的を一つにして努力して参りたい」
という言葉にこめられた思いを、改めて考えてみたいものです。

(はっちー)

地方公務員拾遺物語 別館の記事はこちら

昔、都道府県主催の集まりで、市町村の財政担当ばかりが集まって飲んでいた時のお話。

「カネのない時、どこから削るか!?」
・・・という話題になりました。

すると、全員一致で「教育委員会」ということになり、大笑いした記憶があります。

アレ、何故でしょうね??
不思議なくらいに削れます(笑)。

多分、バブルの時代に、「教育」という名がつけば、なんでも予算が通った結果、経常的に必要な予算ではなく、意図せずに政策的な予算となり、そのまま見直されなかったのではないかと思われます。

実際、教育委員会に長期在籍した知人によると、
「当時は、『子どものため』と、理由をつけると、首長査定でなんでもOKが出た」
・・・なんて言ってました。

結果、各種自主運営団体(PTA、文化協会、体育協会、老人会、婦人会、子ども会)への補助金の多くは、これら、鬼のような(ぇ?)財政担当者に大ナタをふるわれ、問答無用に暫時削減の道をたどりました(苦笑)。
また、小・中学校に対しても、学校に予算説明能力がなければ、毎年当然であった予算といえども、ガリガリと削られるようになりました
(特に、学校の総務事務系の人は大変なようです)

今日はブログ記事からご紹介します。
市町村の子ども会連合組織の切実なお話。

市町村から「補助金」、「助成金」などの形で出されていた子ども会の予算が、各地で減らされています。
このため、お金がなくて苦労しているところが声をたくさん耳にします。

この記事は、子ども会の関係者が直接接する、市町村の「教育委員会の担当者」ではなく、市町村の予算を立てる「財政担当の担当者」のホンネがよく伝わってきます。

どこの市町村も財政が厳しい状態にあります。
そんな中、教育委員会に限らず、あらゆる予算に対し、「財政担当」の厳しい査定が待っています。
そんな中で大事なことは、記事中にある「予算説明能力」なのです。
これがないと、「必要ないお金」とみなされ、減らされたり、カットされたりしてしまうのです。

事業仕分けの様子をテレビで観た方も多いと思いますが、あれが典型的な例です。

つまり、
「子ども会への補助金や助成金がなぜこの額必要なのか」
「子ども会の行う事業(行事)で、どんな効果があるのか」
を、「教育委員会の子ども会担当者」が「財政担当者」に、納得できるように説明できないといけないのです。

現実的には、「子ども会の加入率」など、数字で出てくるわかりやすい指標だけしか説明資料がなかったりします。
すると、
「加入率が低くなってるなら、今までと同じ予算いらないですよね」
という問いに明確な反論ができず、結果、財政担当は予算を削りやすいのです。

もちろん、教育の分野は、すぐに効果が見えるとは限りません。
数年後かもしれないし、数十年後かもしれない。

だからこそ、
「子ども会への補助金や助成金がなぜこの額必要なのか」
を考えておくのはもちろん、1つ1つの事業(行事)について、
「どんな効果があるのか」
「おこなった結果、どんな成果と課題が出てきたか」
をしっかり考え、説明できるようにしておくことが、今、求められています。

(はっちー)

アニメ考

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最近のアニメについて、28歳の筆者が大学時代からずっと思っていることがあります。

時折見かけるアニメを見て、「自分のころとはずいぶん違うなぁ」と思うわけです。そして、寂しい。

「子ども達の見るべきアニメ、今放送されてるだろうか?」
テレビ自体、そんなによく見るわけではないですが、私の知る限り、それはほとんどありません。

というのも...

1 純粋なギャグアニメがほとんどない
 子どもが安心して見られるギャグアニメって、ほとんどないような...。
 以前は、チャンネルをひねれば赤塚不二夫や藤子、タイムボカンがあったのです。
 今、これらが流れるのは妙な時間帯(早朝5:00とか)の再放送ばかり。
 リメイクも半年程度で放送終了。
 イヤミの「シェー!!」みたいな、ナンセンスなおかしさを今の子は知らないのです。

2 名作アニメがない
 以前、19:00からTBS系で放送されていた「まんが日本昔ばなし」。
 日曜の19:30からフジ系で放送されていた「世界名作劇場」。
 何気なく、これらを見ながら育ち、少なからず感動しました。
 今、民放でこういったアニメは放送されているんでしょうか。
 名場面集で、おきまりの場面だけが流れる「フランダースの犬」。
 見るたびに空しさを感じるのは、私だけでしょうか。
 そもそも、子ども達はあの、「お涙ちょうだいの切り売り」だけを見て感動するのでしょうか。

私の育った時代、俗に言う「ゴールデンタイム」には、これらのアニメがあふれていました。
今ではバラエティ番組ばかり。アニメはすっかり隅に追いやられています。
視聴率が稼げないから、「無駄」だと切り捨てられたのでしょう。

これって、「昔はよかった」「今の若者は...」というお決まりの思考とは違うと思っています。
大げさに言えば、子ども達の発達に大きな支障をきたしているのではないでしょうか。
名作を子ども達に与えてあげられない社会。
純粋な笑いを見せてあげられない社会。

子ども達に夢がない原因のひとつが、ここにあるように思うんです。

どうでしょうか?

(はっちー)

 「子ども会に企業が参画する...」

 こういう切り口は、発想としてなかなかなかったのではないでしょうか。
 石川県子ども会連合会の三国外喜男さんが、このたび、全国子ども会中央会議・研究大会において、こんなテーマの発表を行い、注目を集めました。

 子ども会が今後より一層の活性化するために、今まで子ども会と関連のなかった企業等と良好な連携を持つことができないかを考え、できるとすれば企業等が子ども会行事に参画することによっての効果と、その方策を探ることを目的としているそうです。

興味のある方は、ぜひ、このまま読み進めてください。
子ども会の新しい姿のヒントが隠れているかもしれません。

データ:PDF版はこちら

このサイトの名前は「子ども会」コミュニティセンターです。
しかし、2006年12月31日までは、「ジュニアリーダー」コミュニティセンターと名乗っていました。
あえて、名前を変えたのはなぜでしょうか。

きっかけは、全国子ども会育成中央会議のとき。
全国子ども会連合会の専門委員の神谷明宏さんから、管理人の2人はこんなことを言われました。

「君たちのやっていることは面白いけど、なんで「ジュニアリーダー」に限定してるの? もったいないよ!」

当時、子ども会のホームページは、「ジュニアリーダー系」と「子ども会系」の2つに分かれていました。
さらに、ジュニアリーダー系のポータルサイトは、はっちー運営の「JLコミセン」と、あにぃ運営の「JuniorLeader.com」の2つに分かれていました。
子ども会系ホームページは、まとめとなるようなホームページがありませんでした。

神谷さんの思いはどうだったのかわかりませんが、
私達には、「ジュニアリーダー系」という枠から飛び出してごらん、という誘いのように聞こえました。

子ども会の子ども達と、役員・育成者・指導者と呼ばれる方々と、ジュニアリーダーとが、
ひとつの輪になって、「子ども会」を作り上げている。
これが一緒になって「子ども会」の仲間の総合サイトを作ったら、今よりずっと、子ども会を盛り上げられるのではないか。

「コミセンとドットコム、一緒にしよう。」
「加えて、今こそ「子ども会」を名乗ってみよう。」
管理人同士の話し合いは、すぐにまとまりました。

方向性として、全国各地にある「子ども会」の「今」がわかるサイトを作っていくことにしました。
1つは、情報発信による「今」。
全国子ども会連合会などによる、オフィシャルな情報発信には限界があります。
団体として、どうしても触れにくいことがあるからです。
しかし、私たちは、フリーな立場で、様々な情報を拾い上げ、発信することができます。
もちろん、研修会の開催情報などオフィシャルな情報も、より広くアナウンスできるかもしれません。
そういう立ち位置のサイトになって、全国子ども会連合会など各団体の取組みと相乗効果が狙えたらいいなと、このように考えました。

もう1つは、交流による「今」。
それまで積み上げてきたジュニアリーダー同士の交流に加えて、役員・育成者・指導者の方々もたくさん集う場所を作り、雑談をはじめ、日々の活動の様子や相談、議論などが自由にできるようになれば、各地の「今」がもっと素晴らしいものになるかもしれません。

そんな思いを、「子ども会」という名前に込めました。

元日から、「ジュニアリーダーコミュニティセンター」と「JuniorLeader.com」が合併して、 新しく「子ども会コミュニティセンター」として出発しました。

「ジュニアリーダー」から「子ども会」への大転換。
そこには、今まで積み重ねてきた、みんなのいろんな想いが込められています。

「ジュニアリーダー」から「子ども会」に翼を広げることで、
見えてくるものがきっとある。
会員も、ジュニアリーダーも、青年リーダーも、指導者も、育成者も、
ひとつになって話せる「集会場=コミュニティセンター」になれば素敵だな、と思っています。
みんなで、にぎわいのある「子ども会」を創っていきましょう。

これが、子ども会コミセンになって最初の記事です。
翼を広げてみて3年。
これからも、「子ども会」の今を追い続けていきます。

(はっちー)

「20歳の君に」
って歌をご存知でしょうか。

ここを開くと、PCでは音楽が流れます。

1.ぎこちなかった 出会いの後で
ばかして顔をくしゃくしゃにして
笑いあったあの瞬間が 新しい君との始まり

今の気持ちを素直に言えなくちゃ
過去も今も未来もなくて
止まった時間(とき)の迷路の中で 何を信じてゆくの

心の扉 開けてみたら やさしい風が吹き込んでくる
遠く離れても忘れない あの日のときめきを...

20才(はたち)の君に会えたらいいね
同じ時が流れる
20才(はたち)の君に会えたらいいね
その日がくるまで...

2.たったひとつだけ 記念にくれた
Name Plateの裏に書いてある
走り書きの文句でさえも あざやかに心に残る

僕のこの手を握りしめて 「また会おうね」と約束した
君の笑顔が忘れられずに 今日も走りつづける

記憶の扉開けてみたら あの日の歌が聞こえてくる
時間(とき)が流れても忘れない あの日のときめきを...

20才(はたち)の君に会えたらいいね
同じ時が流れる
20才(はたち)の君に会えたらいいね
その日がくるまで...

全国子ども会連合会が毎年行っている全国子ども会中央大会が「全国子ども会リーダー研究集会」と呼ばれていたころ、この歌ができました。

「大会運営の青年リーダーが、みんなへの想いを伝える歌を作った。
第20回だったから「20歳」。
20歳の君に「会えたらいいね」って、大会の参加者やスタッフが、歌で気持ちを伝え合える温かい歌なんだよ。」
中央大会で、作詞・作曲の田原さんが、こう前置きしてこの歌の弾き語りをしてくれました。

筆者がこの歌に出会ったのは、もう15年も前に行われた関東甲信越静地区ジュニアリーダー大会(茨城大会)に参加したときのこと。高校2年生のときでした。
2泊3日、笑って泣いて泣いて、本当に素晴らしい体験をして、家に帰りました。
数日後に、余韻にふけりながら大会のしおりを眺めていたら、この歌の歌詞を発見したのです。
(※大会中には1度も歌いませんでした)
歌詞を眺めただけで、自然と涙がぼろぼろと...
大会で出会った仲間のことが、頭の中を駆け巡りました。

そんな、子ども会のリーダーのための歌「20歳の君に」。
この歌自身が20歳を迎えました。
これからも、いろんな場所で歌い継がれていってほしいものです。

(はっちー)

こんなブログの記事を見つけました。

「子ども会ジュニアリーダーの思い出 「Shine your Light」 「20才の君に」と認知症サポーター養成講座(ハッピーモール's blog)」の記事はこちら

皆さんの20才の思い出は、何ですか?

私は小学生の頃から地域の子ども会の活動に参加をしキャンプやバス旅行を楽しみにしていた。
そこには、いつも憧れの中高生の赤Tシャツを着たジュニアリーダーのお兄さんやお姉さんが引率してくれて、レクリエーションゲームや会話で盛り上げてくれた。
子どもからは、かっこよくヒーロー的存在であり、キャンプネームというあだ名で呼び合った。
私も「いつか僕もお兄さんのようになりたな」とひそかに思っていた。

そんな私も小学6年生では、市主催の「同名市町村メモリアルサマー号」という千葉の八千代市から広島の八千代町へ夜行列車で旅する企画に参加したり、ジュニアリーダーの初級養成講座を受講したりと、少しずつあこがれのジュニアリーダーの世界のレールが引かれた。
中学では、赤Tシャツのお兄さんとして活動をスタートし、夏休みは、何泊もキャンプのお手伝い、バスハイクの引率、高校生では、イベント企画・実践を夢中になって楽しんだ。

気が付くと20歳の時は、千葉県全体のジュニアリーダー連合会の会長を勤めさせてもらい県内を超えて全国に仲間ができた。

その後、23歳の関東ブッロク千葉大会のスタッフ長で活動終了し
その後は、ジュニアリーダーの中級・上級の養成のお手伝をしていた。
たくさんの仲間に出会い、刺激を受け、楽しい活動であった。
人間的な成長の大きな基礎となっている。

今の私の仕事は、地域包括支援センターで、町づくりの一環として認知症サポーター養成講座や地域の介護予防教室に取り組んでいる。
子ども会と同じ、地域というカテゴリーであるのがまたリンクする。
高齢者や一般市民を対象に民生委員さん・自治会長さんと共働で実施している。

今回は1月23日には地域のスーパーマーケットの店舗を借りて認知症のサポーター養成講座を行う。もちろん寸劇を取り入れ私は小学校6年生役を演じる。(ジュニアリーダーでの経験が大いに生かされている)

青春の思い出がジュニアリーダー活動で、それが今の仕事にどこかでつながっている。
とてもとても素敵な文章だと感じました。

個人的な話ですが、すごく尊敬している千葉のリーダーさんがいます。
このブログの方と一緒に関東ブロック千葉大会を運営し、その後も研修の講師をしていた方。
子ども会中央大会でその方と一緒にスタッフをしたとき、いろんなことを教えてもらいました。
何を大事にしてリーダー活動をしてきたか。
他のリーダーに対して、あえて厳しく言わなきゃならないときがあること。

「千葉大会では、いきなりパーティやることにしたんだよ。今から考えてもあれはおかしい(笑)」

なんて言いながら誇らしげだった、その笑顔をこの記事から思い出さずにはいられませんでした。
それが、筆者の20歳のころの思い出。
彼と一緒に過ごし、火をつけられ、その火がなかなか消えないまま今に至ります。

だからこそ、

気が付くと20歳の時は、千葉県全体のジュニアリーダー連合会の会長を勤めさせてもらい県内を超えて全国に仲間ができた。

ここにとても共感してしまいます。

20歳のころに、全国各地のたくさんの仲間に出会いました。
その多くと、思い出じゃない交流がずっと続いています。
一人ひとりとの出会いが、今も続き、子ども会活動だけじゃなくて、仕事などを含め、自分の今の大きな基盤になっています。

「SHINE YOUR LIGHT」作詞作曲 97` 関ブロスタッフ

夢見ていることばかりで 腕の中には何もないけど
届かないかもしれないものに 君と歩ける
今がうれしい

あつくあつく 燃え上がる何かを
強く胸に 抱いて

SHINE YOUR LIGHT とびきりの笑顔で
ぼくらの唄を歌っていこうよ
SHINE YOUR EYES
輝かせながら歩き始めたこの道だから♪

「届かないかもしれないものに 君と歩ける今がうれしい」
ほんとにそうだな、と感じます。

これから先、30歳、40歳となったとき、どんな出会いが待っているのでしょう。
待ち遠しい気持ちで心がいっぱいになりました。

(はっちー)

TRY流JL恋愛考

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私はJL恋愛を多く経験した。
片想いで終わったもの、JLネットで知り合ってつきあったもの、告白されて短期間で別の男に取られてふられたもの、告白して玉砕したもの・・・結構多いほうだと思う。
そんな案外JL恋愛の多い私は、当然JL恋愛は認めるタイプである。

たいがいのJLは「JL恋愛はやめたほうがいい」と思っている。
一部の地区では「JL内恋愛は禁止」とするところがある。
なぜか?それは主に2つの理由が挙げられる。
1つは、「JL活動中に支障が出る」という理由、活動中、子供の前でイチャイチャされてはあまり印象としてよろしくない。何よりそれを見る大人の目というのも怖いものがあるし、また会議中にラブラブ状態でいられても困る。
もう1つは、「別れた後が気まずくなる」という理由、仮に別れたとなると、当然その2人の間は気まずくなる。それにより場の雰囲気が悪くなるし、さらにその雰囲気の悪さが子供の前で出たら、まずその活動は失敗すると見て良い。
となるとJL恋愛はあまりよろしくないということになる。

しかし・・・JL個人が個人的な目標として「恋愛はしない」と決めるならともかく、組織的にJL恋愛を認めないというのはどうだろうか。
その場合、極端な話をすればお互いにJLであるという条件を除けば単なる男と女である。
いちいちJLだからという理由2人の恋を妨害するということをしていることになり、邪魔された2人の気になって考えてみるとどこか悲しくもなる。
当人同士、「まぁJL同士の恋はないよね」となるなら別にいいが、相手を好きになったなら「JLだから」という理由を受け入れて恋を我慢するよりも、素直に恋愛したほうがより人間らしいと思う。JLも人間である。まずJLである前に人間である。恋愛をするなというのは、人間らしさを捨てろということに同じだと私は思うのだが・・・(笑)。

JL恋愛にはリスクは付き物である。
先程挙げた2つの理由はどう頑張っても完全に消すのはなかなか難しい。
しかし互いに「JLの時は活動が第一」という自覚があり、「JLは雰囲気が大事」ということを踏まえていれば、何かあってもそれほどダメージは無いはずである。
私の名前ではないが、JL恋愛はトライするだけの価値はあるはずである。

とはいえ、普通どおりどこでもラブラブでいられては、同じJLとしても困るから、それなりのルールはあったほうが良いだろう。
私の場合で言えば、JL恋愛中に決めていたのは、「活動中は普通に呼び合うこと」「他のJLにはあまり知られないようにすること」「仕事と恋愛を割り切ること」の3つだった。
1つ目については、活動中、付き合う前からの自分への呼び方を変えないように約束し、2つ目に関しても付き合う前にきっちり注意した(これがないと案外厄介かも)。
3つ目に関してはあくまで仕事仲間でいるときと彼氏彼女でいるときとで割り切っていた。
例えば活動中はキャンプネーム(CN)で、それ以外のときは名前、というように。
私の場合は別れた後は多少問題はあったが別れた後もマイナスイメージを残さないようにするのがJL恋愛のルールであり、JLとしての最低限の姿勢だと思う。
それができればその恋愛はまず失敗とは言えない

恐らく別れた後に「相手と気まずくなる」という理由でJL恋愛をしない人間は、絶対にJL恋愛をしないほうが良い。
そういう心配りができる自信がないからできる考えなのだと思う。
しかしそういう部分をしっかり管理できてこそ、良きJLなのではないかと思う。
相手と気まずくなるという考え方がそもそもおかしい。
JLになったからには、どんなに嫌な相手でも仲良くすべきである。
一度付き合って別れたからってその後に後味の悪さを残す人間が、人との関わりを大事にしなければならないJLをやっているということが道理に反するのではないか?
そう考えるとJL恋愛も問題なくできるJLは素晴らしいJLだと思う。
JL恋愛をしたくないと思う人間はともかく、JL恋愛をしている、あるいはしてしまったというJLは、この点はしっかり押さえるべきである。
ただし「JLで恋愛相手を見つけたい」と考えている人間はどうかと思う。
出会いを求めるだけでJLをやっているような奴にJLをやる資格はない。
私が認めるのは好きになってしまった場合だけ、である。

以上が私の考え。皆さんもそういう機会があれば、考えてみてください、JL恋愛のこと。

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だいぶご無沙汰していました。

最近、JL恋愛のおきてなるものができました。
そこで今回はJL恋愛について、今回は私が現在JL活動6年間をまとめた記録「TRYpressions」に掲載予定のものを一部改良してみました(改良になってるかどうかはわかりませんが・・・)

一応こんな感じで・・・ちょっと「おきて」に逆らってるかもしれませんが、私の考えです。
ただ私はあの「おきて」に経験者として賛成してます。
是非とも、「おきて」を守ってもらって、良いJL生活を送ってもらいたいです。
(トライ)

社会教育団体ってナンだろう?と思う方も居るかもしれないのでWikipediaの記事を引用

します。

そもそも社会教育って言うのは社会において行われる教育って事なんです。

社会教育団体の法律があり取りあえず子ども会も社会教育団体の一つに該当はします。

でも今回あえて子ども会には記事を触れません.

右クリックが操作不可能の為URLコピー出来ないのが残念ですが、地元をPR(地元密着)
を考える社会教育団体も存在します.

種差少年自然の家ボランティアの会

一見普通のボランティア団体だろ?と思う方もいらっしゃるとは思いますがこの団体は

地元密着に関し良い考えをもった団体だなぁと思っています.

実際栃木にいながらその団体に入っているので気持ちはわかります.

実際子ども相手のボランティア活動ですが、本来の目的は地元をもっと好きになって

愛してもらおうということなのです。(会長談)

いま、世の中都心に人口が集約し地方はあまりにも活気が足りない状態ですが

いくらかでも地元を好きになってもらいたい

そこから地元をPRするきっかけになれば!がこの団体の本当の目的なんです.

現在地元をなかなか好きになりきれない若者は多いものなのですが興味がある方や地元をもっ」

とすきになりたいと考えている方にはぜひ入ってもらいたい団体だと思います.

あ、言葉が足りなくよく内容が分りづらいと思う方はメッセにてご連絡願います.

(ぺい)

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