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豊見城で「しかまぐち祭り」 ジュニアリーダーがエイサー披露(沖縄)

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 1603年から3年間在琉した袋中上人を支えたテーラシカマグチと、念仏踊り・エイサーの結びつきを探ろうと、第1回しかまぐち祭りが9月30日、開かれた。豊見城民俗文化研究会(座安正勝会長)とうるま文化協会(宜保栄治郎会長)の主催、市観光協会が共催。字平良のテーラシカマグチの墓前でエイサーを奉納し、市中央公民館では研究家らの講演で考察を深めた。

 琉球に初めて浄土宗を伝えた袋中上人が、郷土化し教えたと考えられる念仏歌に踊りがつき、一説にはエイサーの起源となったともいわれる。豊見城村史(1964年刊)によると、その活動に加わったテーラシカマグチは、市平良の上間親方長胤(いん)やその息子の平良親方長住とされる。

 祭りでは墓前で、関係者とテーラシカマグチの末裔(まつえい)やゆかりの人々が開催を報告。地元の高良青年会、豊見城ジュニアリーダーらが勇壮にエイサーを披露し、奉納した。

 市中央公民館では、うるま文化協会会長で民俗文化研究家の宜保氏が基調講演し、作曲家の杉本信夫氏、豊見城民俗文化研究会の赤嶺秀義副会長、音楽家の喜納昌吉氏が、それぞれ研究の成果や意見を発表した。

 宜保氏は、琉球音楽の伝承に大きな足跡を残した故山内盛彬氏が著作で、袋中上人がテーラシカマグチらと共同で念仏歌を作ったと記していることを報告。「テーラシカマグチは、沖縄で袋中上人の通訳の役を果たした」と位置づけた。また、その墓は「(琉球王府の摂政を務めた)羽地朝秀の墓と同じ形をしていて、位の高い人だったと分かる」と指摘した。

 杉本氏は、県内各地で伝承される歌の音源を紹介し、エイサーの伝播(でんぱ)などを考察。赤嶺氏は「テーラシカマグチは実在の人物と検証できた。この素材を掘り起こし、大事な地域の誇りとして、光を当てていきたい」と抱負を語った。

 喜納氏は「袋中上人の帰国から3年後に琉球王朝は島津氏に侵略され、1879年には琉球処分される。このような歴史を持つ琉球の涙が一番しみこんだのがエイサーだと思う」と表現。エイサーを含む沖縄の文化運動の構築を訴えた。

豊見城のジュニアリーダーは、エイサー踊りで有名です。
何度も新聞記事となっており、写真で元気な様子を見せてくれています。
エイサーの記事に必ず「ジュニアリーダー」の文字が躍ります。

すっかり地元の名物なのでしょうね。

(はっちー)

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