2012年10月の記事一覧

東京新聞の記事はこちら

 「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」-。川崎市幸区小倉の小倉神社や商店街「小倉商栄会」周辺で27日、小倉中子ども会によるハロウィーン仮装パレードが行われた。(飯田樹与)

 同子ども会が「楽しいイベントをどんどんやろう」と初めて企画。地元の町内会や商店街も協力し、酒屋や生花店など十九店舗が子どもたちにお菓子を渡した。

 市立小倉小学校の児童ら約四十人は、とんがり帽子にマントをまとうなど、思い思いに仮装。「トリック・オア・トリート!」と、元気よく声をあげて歩いた。オレンジ色の色紙で作ったカボチャのブレスレットをつけた小学四年の中島彬登くん(9つ)は「お菓子をいっぱいもらえて楽しい」と満足げ。

 小倉中町内会の土倉護曜会長は「子どもに地域に参加してもらい、商店街の活性化にもなる。来年は、他の子ども会にも声をかけて盛大にしていきたい」と話していた。

筆者はこの土日、仙台にいました。
夜、街歩きで国分町あたりを歩いていると、変装した若者がたくさん歩いており、とっても驚きました。
ハロウィーンって、こんなに浸透しているものなのか...と。

記事の子ども会では、他の子ども会に声をかける意欲まで出ているなど、大いに盛り上がったようです。
子ども会にあったイベントかもしれませんね!

(はっちー)

Yahoo!知恵袋の記事はこちら

子供会主催のキャンプに、6年生の娘を参加させました。(4年生以下は保護者同伴ですが6年生のため子供のみ参加)

小学校校庭でのキャンプです。
夜10時半ごろ、大勢の子供たちで追いかけっこをしている最中、校庭端に倒してあったサッカーゴールの縁にあたり、上前歯1本を三分の二折り、もう一本は欠けて根元がぐらぐらする状態です。(計二本)

子供にケガはつきものだけど、夜10時半に、なぜ追いかけっこをさせているのか?
しかも、主催者はバーべキューをしながらビールも飲まれていたそう。
事故のとき、主催者は気づかず、子供たちでなんとかしようと口をゆすいだり、折れた歯を探したり・・・血もとまらず、主催者に自ら報告しに行った。とのこと。とても、納得できる状況ではありません。

大事な子供を預かっておきながら・・・
時間が時間だけに、救急で診てくれる病院もないだろうと(救命士の役員がいたので)自宅に帰されました。
自宅で痛がる娘を見ていられませんでした。
3年前から矯正を始め、時間もお金も賭けてきた歯だけにショックです。
主催者から謝罪の言葉すら聞かれず、誠意を全く感じません。

役所で、キャンプ中の保険内容を確認したところ、下りても保険は保険診療の50%。差し歯の実費分は到底出ません。
まだ12歳なので、親として実費でもできるだけ良い差し歯をいれてあげたいと思っています。

これからも付き合っていかなければならない相手(学校PTA保護者)に、訴訟を起こしても良いか迷ってます。

良い方法ありませんか? 訴訟を起こし、私には勝ち目はありますか?
詳しい方がおられましたら、良いアドバイスをお願いします。

いざ事故が起きたとき、どうすべきなのか。
事故が起きる前にできることはなかったのか。

考えさせられます。

(はっちー)

沖縄タイムスの記事はこちら

 1603年から3年間在琉した袋中上人を支えたテーラシカマグチと、念仏踊り・エイサーの結びつきを探ろうと、第1回しかまぐち祭りが9月30日、開かれた。豊見城民俗文化研究会(座安正勝会長)とうるま文化協会(宜保栄治郎会長)の主催、市観光協会が共催。字平良のテーラシカマグチの墓前でエイサーを奉納し、市中央公民館では研究家らの講演で考察を深めた。

 琉球に初めて浄土宗を伝えた袋中上人が、郷土化し教えたと考えられる念仏歌に踊りがつき、一説にはエイサーの起源となったともいわれる。豊見城村史(1964年刊)によると、その活動に加わったテーラシカマグチは、市平良の上間親方長胤(いん)やその息子の平良親方長住とされる。

 祭りでは墓前で、関係者とテーラシカマグチの末裔(まつえい)やゆかりの人々が開催を報告。地元の高良青年会、豊見城ジュニアリーダーらが勇壮にエイサーを披露し、奉納した。

 市中央公民館では、うるま文化協会会長で民俗文化研究家の宜保氏が基調講演し、作曲家の杉本信夫氏、豊見城民俗文化研究会の赤嶺秀義副会長、音楽家の喜納昌吉氏が、それぞれ研究の成果や意見を発表した。

 宜保氏は、琉球音楽の伝承に大きな足跡を残した故山内盛彬氏が著作で、袋中上人がテーラシカマグチらと共同で念仏歌を作ったと記していることを報告。「テーラシカマグチは、沖縄で袋中上人の通訳の役を果たした」と位置づけた。また、その墓は「(琉球王府の摂政を務めた)羽地朝秀の墓と同じ形をしていて、位の高い人だったと分かる」と指摘した。

 杉本氏は、県内各地で伝承される歌の音源を紹介し、エイサーの伝播(でんぱ)などを考察。赤嶺氏は「テーラシカマグチは実在の人物と検証できた。この素材を掘り起こし、大事な地域の誇りとして、光を当てていきたい」と抱負を語った。

 喜納氏は「袋中上人の帰国から3年後に琉球王朝は島津氏に侵略され、1879年には琉球処分される。このような歴史を持つ琉球の涙が一番しみこんだのがエイサーだと思う」と表現。エイサーを含む沖縄の文化運動の構築を訴えた。

豊見城のジュニアリーダーは、エイサー踊りで有名です。
何度も新聞記事となっており、写真で元気な様子を見せてくれています。
エイサーの記事に必ず「ジュニアリーダー」の文字が躍ります。

すっかり地元の名物なのでしょうね。

(はっちー)

のべおか市政だよりの動画はこちら

定例会の様子、インタビュー。
市の教育委員会はもちろん、指導者が自分の言葉でジュニアリーダーを語っているのがうれしく感じます。
8年ほど前でしょうか、延岡のリーダーさんも、このサイトに遊びにきてくれてなぁ、なんて思ったり。

子ども達と楽しそうに遊んでいる姿は、ジュニアリーダーの最大の見せ場ですね!

(はっちー)

msn産経ニュースの記事はこちら

 東京都の青少年に対する施策の推進に協力した都民に贈られる青少年健全育成功労者表彰式が18日、新宿区の都庁であった。

 小中学生の先輩役を担う地域の「ジュニアリーダー」を6年間務めた高校3年、越知丈裕君(17)や少年補導員ら60人の個人と8団体が表彰され、84人と6団体に感謝状が贈られた。

 出席した石原慎太郎知事は「ときには厳しくしかることも必要。やさしさだけでは子供は決して育たない」と強調。「社会に耐えられるような若者を育てるのが年配の仕事。皆さんの一層の活躍をお願いします」と激励した。

石原都知事の「年配」という表現からも、おそらく表彰された人は、少年補導員などの年齢層の方が多かったのでしょう。
その中で、ジュニアリーダーが知事から表彰されたことは、記者の目からも目立ったことでしょう。
おめでとう!

(はっちー)

北海民友新聞の記事はこちら

 紋別市子ども会ジュニア・シニアリーダークラブの撮影した映像作品がこのほど、国内外の小中高生が自由な感性で創作した映画を上映する「アジア国際子ども映画祭」の北海道ブロック奨励賞を受賞し、13日に市立オホーツク青年の家で表彰式が行われた。
 同映画祭は俳優の杉良太郎さんが立ち上げ、今年で6回目。今年のテーマは「あなたにとっての命」。映像作品は国内をはじめアジアの12ヵ国・地域から集められ、11月24日に兵庫・淡路島で開かれる国際大会で上映される。
 同クラブは今年8月3~5日に札幌で行った「紋別市子ども会等リーダー養成研修会」での研修風景をビデオカメラで撮影。参加した小中高生の笑顔など「命」を感じることができる場面を選び、3分間に編集して応募した。同クラブが映像コンテストに作品を応募するのは初めての試み。
 表彰式には同映画祭実行委員会の小林昇副実行委員長と川上洋介事務局長(南あわじ市教委主幹)が来紋。小林副実行委員長が同クラブ部長の古内佳代さん(興部高1年)に表彰状を手渡したほか、古内さんら子ども会関係者4人の国際大会への招待状を子ども会の指導を行っている紋別市青少年健全育成推進委員協議会の今正一会長に授与した。
 応募作品をあらかじめ鑑賞した今会長は映像中ある子どもが札幌の宿泊施設に入って発した『おばあちゃんの家の押し入れの匂いがする』の一言に感激したという。「建物の香りをこういう言葉で表現するとは思わなかった。核家族化が進んで世代間交流が薄れる中、『押し入れの匂い』の一言にはその子の家族のつながりを思い浮かべるものがあった」と語った。

北海民友新聞が紋別市を中心に発行していることが大きいのでしょうが、ネット上で紋別市のリーダークラブの活躍をよく目にします。
よく記事になるだけでなく、その内容も特筆すべきものです。

今回は、アジア国際子ども映画祭に出品!
その発想はなかなかないのではないでしょうか。
映像、ぜひ見てみたいものです。

(はっちー)

みのおどっとネットの記事はこちら

どこからか聞こえてくる、太鼓の音。
徳尾こども会のみこしは、箕面6丁目の北川原公園から出発して、地域を練り歩きます。参加した子どもは約30人、そして見守り隊の大人たち。なかなかの大所帯です。
先頭は太鼓と叩き手4人、みこしは大人が前後から支え、つないだ紐を子供達が引いていました。
お神輿には祝儀袋がくくりつけています。
途中、2度ほど休憩をしながら、約1時間練り歩きました。
休憩中もずっと叩き続けられる太鼓の音に、人々が集まる...昔も今も変わらない、そんな光景でした。

記事には写真がたくさん掲載されています。
地域の人たちと子ども達。
地域のお祭りが生き生きと伝わってきました。

(はっちー)

宇部日報の記事はこちら

 宇部市子ども会育成連絡協議会(松橋美恵子会長)が2008年度から夏場に取り組んできた地球温暖化防止プロジェクト。5年計画の最終年度となった今年、大目標としていた二酸化炭素(CO2)の削減量30㌧をクリアした。取り組む子供の人数も初めて半数を突破。数値だけでなく、子供たちの省エネ意識の高揚にも大きな成果を残した。

 「子供たちに美しい地球環境を残そう」と宇部市、市教育委員会の助成や協力で開始。非会員の子供たちも巻き込み、全小学校の児童約9000人を対象に実施してきた。期間は毎年6~8月。子供たちにチェックシートを配り、「テレビを15分間我慢する」「使わない部屋の照明を15分消す」「テレビゲームを10分我慢する」「シャワーや水道の流しっぱなしを10秒間止める」「出掛ける前や寝る前の冷房を7分前に切る」のどれでも一つ達成できれば、CO2を10㌘削減できたことにして、毎日記入してもらった。
 単年度事業でスタートし、08年度の削減量は8・36㌧と、目標の10㌧に届かなかった。達成できなかったことと継続の必要性を感じ、5年計画に変更。家族も一緒に取り組めるようにした2年目は、25・71㌧に急増した。3年目から目標を30㌧に据えたが、2年続けてわずかに届かず、最終年で念願のクリア。3年間40%台で推移していたチェックシートの回収率も52・6%に達した。
 松橋会長は「最終年度に30㌧、50%と二つの目標をクリアできてうれしく思う。数値よりも、意識の高揚の方が大事だと思っているが、毎年数字が上がったことは家族で取り組み、習慣化したからではないだろうか。事業は終了したが、日ごろから心掛けてもらいたい」と話した。

取組もさることながら、「5年計画」というのが素晴らしい。
計画をたて、行動する。
行事を行う上で大切なことですが、このような長期計画をしっかりたてることは、子ども会では避けられがちです。

(はっちー)


※22:15あたりからご覧ください

TOKYO MXの名物番組、「5時に夢中」。
マツコ・デラックスが有名になる前から出演している出世番組だったりします。

10月8日の放送で、若林史江嬢が、「アイドル養成講座」の話から、
明らかにジュニアリーダーの話をしておりました。

よかった経験として語っているところが、子ども会を生きる者としてひそかにうれしく、
思わず記事にしてしまいました(笑)

(はっちー)

朝日新聞の記事はこちら

 異年齢の子どもが集団で遊び、行事やスポーツを通して交流する「子ども会」。塾や習い事で子どもが忙しくなり、親の役員決めも難航し、県内でも加入率は減少の一途をたどる。そんな中、会の意義を見直し、復活に向けて奔走する母親たちが平塚市にいる。

 「いつも登下校を見守って頂き、ありがとうございます」。先月、平塚市の公民館で開かれた桃浜町自治会の敬老会。「桃浜子ども会」の会長、衣川夏実さん(12)がお礼の言葉を述べると、たちまちお年寄りの顔がほころんだ。続いて童謡「紅葉(もみじ)」を19人で合唱。お年寄りも口ずさみ、会場は温かな空気に満ちた。

 だが実は一昨年、子ども会は解散の危機にあった。「新入生は会員の弟妹しか入らず、役員も同じ親ばかり。もう限界かなって話してました」。親側の会長、副会長を務める大久保志津子さん(48)、原田千佳子さん(45)は打ち明ける。

 かつては町内のほとんどの小学生が入会し、野球チームまであった桃浜子ども会の入会率が、最近は2割を切っていた。だが、我が子を参加させてみると、年上が年下に頼られて自信をつけたり、祭りなどで地域に愛着を感じたりする会の良さも実感していた。

 そんな大久保さんたちの背中を押したのが、昨年の東日本大震災だった。津波や避難所のニュースを見るたび、地域の絆が生死や避難生活の質、その後の復興まで左右することが胸に染みた。子どもたちが、隣近所で顔見知りである地域社会が、いかに大切か。

 「主婦の私は現地にボランティアにはいけない。でも私は私の足元で、やれることがあると思いました」と大久保さんは話す。

 多くの保護者や地域の人がかかわる子ども会を、一足飛びには変えられない。

 まず、当時の会の役員らで再編案を協議=表。関心を持つ人を増やしながらも緩やかに参加できる活性化策の提案を決め、昨年5月、自分たちの思いを回覧板で表明した。

 「被災者が復興に向けて新しい一歩を踏み出すように、私たちも今までの生活スタイルを変えていく必要があると考えます。10年後の桃浜町を思い、地域のつながりを強化しませんか」。秋には自治会の役員会や小学校に再編案を説明し、対象世帯に手紙を渡した。「横暴だ」「家族の時間を大切にしたい」などの苦情もあったが、今年4月に始まった新生子ども会には前年度の4倍近い90人弱が参加。加入率は6割を超えた。

 5月の歓迎会には40人以上が集まり、夏のラジオ体操には久々に大勢の子どもが戻った。初参加者から役員を引き受けてくれる親も出た。書記の岩本優美子さん(43)は「結婚して縁のない土地に来た私自身、初めて地域とのかかわりが持てた」と話す。

 今回で会長3度目の大久保さんには、町で子どもたちから「おばちゃん、おはよう」と声がかかる。子どもも大人も、誰かが自分を見守っていると思える地域になればいいと思う。

■加入率、20年で半減

 県子ども会連合会(県子連)によると、10年度の県内の会員数は14万8225人。小学生の加入率は31・1%で、この20年で半減した=グラフ。

 全国子ども会連合会(全子連)の副会長でもある山上武久・県子連会長(72)によると、子ども会は戦後の食糧難の時代に、貧しい子どもを地域で救済しようと全国で始まった。地区や学校、篤志家など主宰者は様々で、国も後押しした。
 だが85年をピークに会員数が減少に転じる。

 「家庭が豊かになり、キャンプもマイカーに乗って家族で行く。子どもの社会性を育み、地域の文化の担い手を作るという目的が忘れられていった」と山上さんは振り返る。スポーツや塾などの習い事を好み、自分の子以外の面倒を見るのを嫌がる親も増えた。

 「だが、核家族化や個人主義が極まった今こそ、子ども会の重みが増す」と山上さん。全子連には、東日本大震災の避難所運営でも、子ども会活動が盛んな地域がスムーズだったとの報告があったという。山上さんの元にも、休止していた子ども会を復活させたいという相談が数件寄せられているという。

神奈川県版の記事ですが、社説に載せてもらいたいくらいの内容と思います。

子ども会活動が活性化するとき。
そこには、必ず熱心な大人がいます。

子ども会活動の良さや楽しさを理解している人が、積極的に子ども会について語ることから、全ては始まる。
そんなきざしを感じました。

(はっちー)

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