発祥地の英国から世界各地に広がり、日本でも約90年の歴史があるボーイスカウトが岐路に立っている。ピーク時は全国で33万人いた会員は現在ほぼ半減。都道府県ごとの組織も統合を余儀なくされ、兵庫県では今春、18から14地区に再編される。少子化や子どもの習い事の多様化に加え、「野外でたき火をしないで」などの苦情が寄せられ、活動の場を追われている現状がある。(木村信行)
「こんな時間に何をやってるんだ。早く帰れ」。西宮市のあるボーイスカウト団は昨年夏、午後9時ごろに公園で活動をしていたとき、近所の住民に怒鳴られた。
ボーイスカウトは異年齢の少年少女が6、7人の班に分かれ、キャンプなどの野外活動や地域での奉仕活動に取り組む。
夜間に行う「夜活動」には、暗がりでロープを結ぶ訓練をしたり、星を観察したりする目的がある。だが「最近は、夜に子どもがいると疑いの目で見られてしまう」とリーダーの大垣孝介さん(22)はため息を漏らす。
六甲山を活動範囲にする阪神間のある団は、かつて河原で自由にキャンプをしていたが、近隣から「たき火は危険」などの苦情が相次ぎ、数年前から活動先を公営キャンプ場に変えた。
しかし拾ってきたまきや落ち葉を燃やせないなど細かい規定が多く、「本来の野外活動ができる場所は、今やほとんどない」と女性スタッフ(46)。宅地開発で伏流水が止まり、キャンプができなくなった場所もある。
こうした現状は加盟人数にも影響。兵庫県では1983年の約2万3千人をピークに減り続け、今年1月には約9千人になった。背景には、少子化や塾に通う子の増加などの社会的変化もある。
そのため班活動の維持が難しくなり、今春には西宮と芦屋市を統合するなど、阪神間と神戸の7地区を3地区に再編、全県で14地区に縮小する。
日本ボーイスカウト兵庫連盟の倉本武司事務局長は「少年の自立心やリーダーシップを育てる野外活動は、パソコン時代の今こそ大切な存在。地域の理解を得られる努力を続けたい」と話している。
子ども会と同じく子ども達が活動するボーイスカウトの記事が飛び込んできました。
野外活動をしにくくなったことと、会員数の減少と...厳しい現状が伝わってきます。
野外活動が厳しくなっている状況は、子ども会も同じ。
今の時代にあった野外活動について、真剣に考える時期にきているかもしれません。
(はっちー)

ボーイスカウトも時代の変化に対応しないといけないんですね・・。
私の市のJLは同じ青少年課管轄の市営のキャンプ場があり、そこで研修をしたり、子ども達を集めてキャンプをしたりする、いわば「聖地」といった場所です。
JLの高卒以上の学生はそこのキャンプカウンセラーとして利用者のお世話をするのが、暗黙のルールとなっていまして、私も大学生から社会人にかけての8年間カウンセラーとして従事させていただきました。
私の市のキャンプ場は基本的にキャンプ場から提供する薪の他に落ちている枝や葉を燃やす事を認めています。
それはおっしゃるとおり、それが本来の野外活動の醍醐味だという考えで、紙等の有毒ガスが出ないごみに関しても全て燃やしてもらいます。(逆にいえば、私たちのJLはいかに提供される薪を使わずしてやれるかを競ったりしています)
CFに関しては消防法の規定があり、行う前に消防署(山火事との誤解を防ぐ為)に連絡し、終わればカウンセラーが消火確認をした上で、終了した旨を消防署に連絡しています。
ただ、かまどやCFを含めて全ての火は夜9時以降は消火する事が消防署から義務づけられています。
私もキャンプが大好きで、夜は小さい火を囲みながら仲間と歓談するのが一番の楽しみというのも理解できるので、カウンセラー時代に夜回りの時に利用者様が火を囲んで楽しくやっているのに対して「時間が来ているので火を消してください。」というのは立場上とはいえ何ともいえない心苦しさでした。
確かに街中では物を燃やすのは今はちょっと難しいかもしれませんが、子ども達そういう醍醐味を味わえるキャンプ場はやっぱり必要かもしれませんね。。
実はおいらも、中学2年までボーイスカウトとして、
活動していた経験があります。
以前は、隊員(記事では会員とありますが、実際は隊員と呼びます)
として活動できるのは男の子だけで、
(女の子は別にガールスカウトという組織があります)
個々の技能を高め切磋琢磨し合う事や、社会奉仕活動を通じて、
その中から、上下左右の人間関係を学んでいくことが主目的でしたが、
今は女の子もボーイスカウト活動に参加できるし、
活動の中身自体も、グループワークの概念を取り入れたりして、
より地域子ども会活動に近づいていると認識しています。
野外活動だけに止まらず、すべての活動において、
昨今のニーズに合ったプログラムを提示していかなければ、
子ども会・ボーイスカウトに関わらず、
地域における、社会教育活動そのものが衰退してしまう危機感を、
現場から離れてもなお、抱かずにはいられません。